Original

あるいは隣人という名の『隠れた瑕疵』


「いやあ、参ってるんだよキャプテンくん。知らなかったんだ。

 売却した土地の隣人がかなり厄介なクレーマーらしいんだよ。

 君の司法書士としての手腕を見込んで、知恵を拝借できないかな。」


久しぶりに私の事務所を訪れたジェントルマン社長は、

私がこれまでに見たことのないくらい疲れた顔をして現れ、ソファに腰を下ろした。


30年以上不動産事業に携わり、

困難という困難は一通り味わい、乗り越えてきた彼をもってしても、

余程のことがあったのだろうと私は身構えた。​​​​​                           

「何があったのですか?」


「私が売却した土地の買主Aから連絡があったんだ。

 買主Aが家を建てようとしたら、

 隣人Bが何度も作業中の工事現場に怒鳴り込んできたらしい。

 ここに住居なんか建てたら自分の家に日が当たらなくなる、

 工事の騒音も許せないし、粉塵のせいで庭の植物が枯れた、

 損害賠償訴訟だ!とか、このまま無視して建築を進めるなら

 あんたらの娘がどうなっても知らないぞ、と脅迫されたそうだ。

 調べたところその隣人Bというのは暴力団関係者の可能性があるらしい。」


「買主Aは、脅迫を無視して家を建てた場合どのような危害を加えられるかわからないからと、

 隣人Bを恐れて建築を中止したようだ。

 そして、思い通りの家は建てられないし、そのような住人が隣に住んでいるなんて知っていたら

 買わなかったと言って、買主Aが私に対して契約の解除と損害賠償を求めてきたんだ。

 要するに、工事を妨害してくる迷惑な隣人がいることが『隠れた瑕疵』にあたると言ってきているわけだね。」


ジェントルマン社長はここで深くため息をついた。心境は察するに余りある。


「僕がこの土地を買った時は、隣人Bがクレーマーらしい、

 なんて話は聞かなかったんだけどなぁ。

 そもそも、隣人の状況なんて知らないし、

 工事を妨害してくるかどうかなんてわからないじゃない。

 そんなことを言われてもねえ。これは土地の瑕疵と言えるのかい?」


「なるほど・・・。少しお待ちください。」



私は長年の相棒であるノートパソコンを素早く叩き、職業柄よく見慣れた文字の海に辿り着いた。



「…過去の判例によると、『隣人の脅迫的な要求』というのが

 一般人に共通の重大な心理的欠陥がある場合として、

 心理的瑕疵を隠れた瑕疵として認めた例はあるようです。そして…」


「そうなのかい!?瑕疵なんて言いがかりだって、突っぱねられるかと思っていたんだが。

 じゃあ買主Aの言うがままに契約も解除した上で損害賠償に応じなければいけないって言うのか!?」


いきなり声を大きくして身を乗り出したジェントルマン社長に、

私は内心驚きつつも静かに言葉を続けた。


「いえ、裁判所は、この瑕疵によって建物を建築するのは不可能ではないと判断して、解除は認めませんでした。

しかし損害賠償について認めたようです。


「じゃあ、損害賠償は覚悟しておかなければいけないんだな。」


  私の言葉を聞いて、大きく息を吐いたジェントルマン社長は

  一気に疲れて老け込んだように見えた。


普段なら絶対に背をつけずに座るソファにもたれ、

天井をじっと見つめて考えに耽っているようだった。


考え事をしているときに話しかけられるのが

嫌いな彼の性格を知っている私は、言葉を飲み込んだ。

                                            

「…今回の件に関しては、

 少しでもマシな結末になるように善処しよう。

 だが、今できるのは今後こういった事態にならないことだ」


ジェントルマン社長は、腹を括ったようだった。


「今後、今回のような『近隣に問題のある物件』を

 買ってしまったとして、

 たとえば建物の解体工事中に妨害されたりすれば、

 客に売却する前に、その厄介な隣人の存在に気付けることもあるだろう。

 その場合、私は元売主との契約を解除できるのかい?」



「いえ、売主には近隣住民の素性や言動についての

 調査義務はなく、買主が調査をすべきだと

 裁判所が判断しているため原則解除は認められません。

 そればかりか、市場価格で転売してしまうと

 今回のように損害賠償責任を負うことになりかねません。

 価格を下げて売却するしかないとすると、

 その減価率相当の損害賠償を売主に対して請求できる可能性はありますが。」


「なるほど。じゃあその愛すべき隣人について

 自分でなんとかした上で売るしかないんだな。何か策はあるのかい?」


私は指を立てて見せた。


「1つは、『仮処分及び訴訟手続き』です。(※1、2)」


「近隣住民が妨害行為をしてくる場合は、

 [裁判所に妨害の禁止を求める仮処分の申し立て]を行い、

 当該行為を排除する必要があります。

 仮処分の申し立てに必要なのは、相手方の特定と、妨害行為の内容を明らかにすることです。

 なので、実際にされたことの記録や録音などを残しておいてください。


ジェントルマン社長はまたため息をついた。


体から空気が全部抜けてしまうのではないかと私は心配する。


不当な要求をしてきて、要求が通らないとなれば脅迫をしてきたり、

 妨害をしてくる迷惑な隣人だった場合は、

 裁判所の方から命令してもらうか、訴訟するしかないんだな。

 手間はかかるだろうがやむを得ないだろうね。」


「もう1つは、『刑事事件としての告訴』をすることも考えられます。」



「相手方の妨害行為が、

 刑法の定める威力業務妨害罪・脅迫罪・住居侵入罪や

 その他の刑罰法令に触れるようなところまで達しているなら、

 相手を刑事事件の被疑者として告訴して、

 捜査権の発動を求めることも有効な方法ではないでしょうか。」


「なるほどね。君が言ったような方法をとって問題を解決してから

 売却するしかないんだな。しかし、万が一買ってしまった場合は大損だな。」


言葉とは裏腹に、

ジェントルマン社長の目には二度と

このようなことにはならないという

強い意志が揺らめいていた。


「そうですね、なのでまず最も大事なのは

 今回のような物件を買わないように注意することです。

 物件を購入される際は、近隣の状況も含めて

 不動産の性状や品質を調査した上で購入するようにしてください。


「よし、わかった。今後土地を買う時はそういった点に

 注意するよう社員にも徹底させよう。」


「近隣住民から不当な要求をされたり、妨害行為をされたら、

 さっき言った措置を検討していただくのが良いかと思います。

 本当にどうにもならなかったら・・・

 最悪の場合ですが、買主に十分事情説明をした上で、

 市場価格から減額して売ることを検討しなければいけないですね。」


「どのくらい減額しなきゃいけないんだい?」


「高裁の判決ですし絶対ではありませんが、減価率を15%とした判例が出ていますね。

 十分に説明をした上で減価して売却すれば、瑕疵担保責任を問われる可能性は

 低いのではないでしょうか。」


それを聞いたジェントルマン社長は、

もうため息をつかなかった。


彼の背中は既にソファの背もたれを離れて、

いつもの凛とした空気をまとっていた。


「なるほどねえ。

 こうなってしまっては会社としては大損だし

 ただただ厄介だが、なにも打つ手がないよりはマシだな。

 今回は、なんとかするしかない。

 勉強になったよ。高くついたけどなあ。」


ジェントルマン社長は飲みかけの

冷めたコーヒーを飲み干し、立ち上がった。


「ありがとうキャプテンくん。また相談するよ。もうこんなことはないようにしたいが。

 今度は熱いうちにコーヒーが飲めるくらい軽やかな依頼を持ってくるとしよう。」


そう言ってジェントルマン社長は、事務所を後にした。


                                                                                 

【まとめ】

・物件購入にあたっては、近隣の状況を含めて不動産の性状、品質を調査すべし!


・もし、近隣に工事妨害されたら、上記裁判上の手続きを検討すべし!


・最悪、どうにもならなかったら、買主に十分事情説明のうえ、

 市場から減額して売却することも視野に入れるべし!

 (本件では、土地の減価率は15%とされた)

                                                            

出典:[東京高等裁判所平成20年5月29日判決(確定)](判時2033号15頁)


※1 仮処分の提起により相手方を委縮させて、

   早期の和解により問題解決する手段として用いることが考えられます。

※2 債務者の申立により、裁判所から、起訴命令が発令されたにもかかわらず、債権者が指定された期間内に本案訴訟を提起しなかった場合には、保全処分が取消されてしまうことがあります(民事保全法第37条)。


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※また、この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。



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